実家では、両親が他界してからは兄夫婦がいつも快く私たち兄弟家族を誰かれなく呼んでくれ、2日の夕方には私達夫婦は新潟の実家に泊まり、兄夫婦と久しぶりのよもやま話となりました。
兄は松之山町の観光案内も引き受けているほどの話好き。義姉が作ってくれた雪解けの山菜料理に舌鼓を打ちながらビールを飲み、話がはずみました。10時半ころ夫はダウン。12時には義姉も「ゆっくり話しててね。」と。兄と私は延々と3時近くまで…(*´▽`*)
3日の午前中は兄と夫と私の3人で山菜取りに行き、午後は「たか子さんたちが農協前で9条の会の署名運動しているというから行ってみるか。」との兄の誘いで、出かけました。3日といえば憲法記念日。本来なら私もこの日は平塚市内で宣伝行動をしている日です。松之山で「9条の会」の様子を見れるなんて感激でした。
空地を利用して机がセットされ、署名用紙やパンフなどが用意されていました。相澤たか子さん(左)は、数年前まで共産党の国会議員秘書をやっていて、東京でも何度か会っていましたが、定年で郷里に帰って活動していたのです。(右は義姉)
「9条の会」は全国で活動しており、ここは「十日町9条の会」。
丁度そこへ同級会参加のために松之山入りした関谷義孝さんが現れた。彼はあかつき印刷を定年退職。この度の同級会準備を一手に引き受けてくれた立役者。
右の女性は地元でリアリズム写真集団に加盟して活躍している小見重義さんの奥さんです。数十年前に東京からお嫁に来てくれた彼女。厳しい田舎暮らしの苦労などみじんも感じられない素晴らしい女性です。ご夫婦で本を出版しており、私も買って読みました。
だんな様の小見重義さんと左は同級生の布施仁さん。続々と松之山入りしてくる同級生。この催しを黙って通り過ぎはしない仲間たちです。狭い町ですから、地元の人達も私たちが集まることは「そうだってねぇ!」という具合。
地元の「ゴスペル」グループが歌い、皆さんにご披露。署名を終えた方々が道の反対側に用意された椅子に座って聞き入っていました。たか子さんが前日に採ってきたという「山ウド」や「アズキ菜」が袋に入って売られていました。活動資金になるのでしょう。それにしては安い1束200円!「9条」は何としても守り、世界に広めなくてはならない大切な宝。こんな新潟県の奥まった小さな町でも頑張っていることに、元気をもらいました。
ゴスペルの歌を楽しむ兄夫婦。