今朝の駅頭宣伝は寒かった。特別に寒いなと思っていたら、いつも「議員団ニュース」を受け取ってくださる女性の方が「今日みたいに寒い日も立って大変ですね!今日はマイナス1度って言ってましたよ。それなのにこうして立つんですね。」と話しかけてくれました。
「え?そんなに冷えているんですか!それを聞いたら余計寒くなっちゃった。」と笑いあいました。しかし、こうして駅頭に立つようになってから、いろんなことを経験してきました。
先日書いたように「マッチ売りの少女ならぬオバサン」になってみたり・・。
寒さで足がこちこちになって、歩くと足の感覚がなく足の指がまっすぐなのか曲がっているのかもわからない。まるでピノキオが歩いているような感覚になったり。
今までで最高に寒かったのは、議員一年目の12月の初旬のみぞれが降った日でした。しかも、雨混じりのみぞれに、すごい風が横殴りに吹いて…。あの朝ほど時間が長く感じたことはありませんでした。
あれ以来、私はこうした寒い日の駅頭宣伝は「修行」と思うことにしています。するとなぜかお腹のあたりに力が入って絶えることができるんです。
そして、こういう寒い目に遭った時に大抵思いだすのが、井伏鱒二の「厄除け詩集」にあるこの詩なのです。
今日の「大山」は雪がかぶり、見ただけで寒さがおそってきます。
「歳末閑居」井伏鱒二
ながい梯子を廂にかけ
拙者はのろのろと屋根にのぼる
冷たいが棟瓦にまたがると
こりや甚だ眺めがよい
ところで今日は暮の三十日
ままよ大胆いつぷくしてゐると
平野屋は霜どけの路を来て
今日も留守だねと帰つて行く
拙者はのろのろと屋根から降り
梯子を部屋の窓にのせる
これぞシーソーみたいな設備かな
子供を相手に拙者シーソーをする
どこに行つて来たと拙者は子供にきく
母ちやんとそこを歩いて来たといふ
凍えるやうに寒かつたかときけば
凍えるやうに寒かつたといふ
この最後の2行が何といっても悲しくも滑稽で、頭から離れない一句なのです。
12月30日、暮れの借金取りを逃れるために自分は屋根の上、女房と子供は外に出していたのに、その子供とシーソーしながら「凍えるように寒かったか?」と聞く父親…。
「ひもじさ」も「苦しさ」もなぜか「のどかな」一場面にしてしまうのは「井伏鱒二」ならではです。そして、それに答える子供の言葉…。
確かにそういったのでしょうね。子供らしい言い方です。でも、何か心で「そのまんまじゃん…」と、おかしくなるのです。