本年もどうぞよろしくお願いいたします。
年末は、集金や新聞ご購読のお勧め、年末のご挨拶で走り回っていました。その合間を縫って26日、ようやく豊田本郷の花壇にパンジーとチューリップの球根を植えました。
29日は、年末火災特別警戒市長督励巡視が行われるため、吉沢分遣所へ。
このあと、消防団の方々は年末の3日間地域を巡回し、「カンカン・・・カンカン!」と消防車で火の用心を喚起してくださいます。
30、31日は、打ち合わせ会議の後、残務整理や新年のチラシ「松本とし子です」の作成、買い出しなどで大わらわ。
そんな時でも、市民の方からの相談は飛び込んできます。相変わらずのドタバタで1年が幕を閉じました。
大みそかは息子家族と年越しそばを食べ、除夜の鐘とともに、中原の日枝神社前で「松本敏子です」のチラシをお配りしながら、新年のご挨拶。
これは21年間、毎年恒例の初仕事となっています。1時までご挨拶をしてからは、私も行列に並び、神社でふるまわれる温かい甘酒をいただき暖を取りながら、お参りをして帰宅。2時には恒例の「年の初めはさだまさし」を見ながらウトウト。実は、今年は「大当たり」で元旦の日刊紙配達だったのです。 4時過ぎに(ウトウトが深く(笑)寝入ってしまい、夫に「行かなくていいの?」と起こされた)出かけて、元旦増刷で重く分厚い新聞を配って帰宅。その後、お雑煮やおせちを食べる寸前までに用意し、そのまま元旦マラソンの応援に出かけました。
今年は「金田地区元旦マラソン」が始まって50回目といいます。普段はよそで生活している男性も、お正月に実家に帰ってきたからと、子どものころから参加していた元旦マラソンに参加!みんなに愛され続いてきた新年最初の地域行事です。
大人の部が終わると、子どもたちの部。元旦マラソンを中止せざるを得なかったコロナ期が大きく影響しているようで、参加者は大きく減少しています。
この行事のおかげで、地域の方々とも新年のご挨拶ができる機会になっています。
ようやく11時、息子家族もそろったところで元旦のひと時を過ごしました。
午後は、暮れに亡くなった方の母親と、その人が住んでいたアパートの片づけに・・。暮れもギリギリまで所用で動きっぱなしで元旦も「相変わらずバタバタ」。きっとこれが私には合っているのかも・・。
今日2日は、午前から浅賀由香・田村委員長の連名ポスターを貼る初仕事第2弾となりました。元旦から穏やかな天候に恵まれ、富士山も美しい姿を見せてくれています。